転職フェスタ開催
料理人になろうと考えるようになったのは、高校一年生ごろのことです。
子どものころから料理を作るのが好きで、よく自分で作って食べていたので、自然に「料理の世界に進みたい」と考えるようになりました。
そうは言っても、当時作っていた料理は空腹を満たすことができればよいといった風情で、本を見て作るというような凝ったことは、まったくしていませんでした。
高校二年生の時、修学旅行で関西方面に行くことになり、旅行中の自由時間に京都か大阪を案内してくれる地元の人が欲しくて、仲間と一緒に事前に探してみようということになりました。
当時の雑誌には後ろのほうによく「ペンフレンド募集のコーナーがあったので、そこに載っている住所に皆で片っ端から手紙を書いてみた。
返事が来たなかの一人、大阪の女子高生と、私は文通を始めました。
修学旅行の時、彼女は本当に案内に来てくれました。
それで、意気投合して大阪は食い倒れの街、食文化の街です。
そこで修業したいという気持ちと、彼女と知り合ったことがきっかけとなって、卒業後の進路を大阪の調理師専門学校に決めました。
調理師専門学校ではフランス料理を専攻しました。
本当は和食をやりたかったのですが、左利きであることがネックになった。
刺身などを切る時、左利きだと切り口が反対になってしまうので直さなければいけないというのが、当時の慣習だったのです。
どうしても直すことができなかったし、無理に直すこともしたくなかった。
そこでふと、フランス料理ってかっこいいなと思い、専攻することにした。
学校は一年間でした。
テストはいつもトップの成績、一回でパスしていましたから、大いに自信を持って、卒業後、大阪のフランス料理店に就職した。
ところがいつまで経っても皿洗いで、料理をさせてもらえません。
俺みたいな天才に、どうして皿洗いをさせておくのかと憤慨したものです。
生意気な子でしたから、時間がもったいないと思い、十カ月で辞めて北海道へ帰ることにしました。
北海道ではフランス料理の店なんてありませんでしたから、洋食レストランに就職しました。
最初に行った店では、休憩時間にオーナーの趣味の悪い外車を磨けと言われ、俺は料理を勉強しに来ているんだと言って、即、辞めてしまった。
次の店では、職場の先輩たちが皆、遊び盛りだった。
ちょうどディスコが流行っていたころで、皆、一刻も早く仕事を終わらせて遊びに行きたいと思っていたのです。
私はといえば、その時すでにいまの女房と婚約していたので、とにかくお金を貯めたかった。
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